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チャップリンの生家? [2008ロンドンの旅]

2008年12月28日(日)、現地時間 午前8時00分、ロンドンの宿。

ロンドンに到着した日は土曜日で、到着したその日からテート・モダンへ赴いたのは、
土曜日、テート・モダンは午後10時まで開館しているからに他ならない。
取材時間が限られている私は、こういう夜間開館の時間もうまく利用しなければならない。
しかし、今日からはいよいよ丸一日取材ができるのである。気合十分である。
早朝では各種施設は閉まったままだけれど、街を歩くだけならば、関係ない。

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ヴォクソール・ブリッジのたもとにあったヘンな建物

私は宿を出ると、ヴォクソール・ブリッジという橋を渡り、テムズ川右岸へ向かった。
そして、橋を渡ったところすぐにあるヴォクソール駅を通り抜け、「ケニントン・レーン」という通りへ。
私が今目指しているのは喜劇王チャップリンが生まれた家である。
渡航前、その生家の住所を調べ上げ、準備万端である。私は閑静な住宅街へ入って行く。
チャップリンの自伝の冒頭にも確かこのあたりの描写が登場したはずだ。
途中で古い教会があった。幼いチャーリーもこの教会に来たりしたのだろうか。

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ケニントン・レーン

ヴォクソール駅から10分ほど歩いただろうか。調べ上げた住所付近にたどりついた。
レンガ造りの住宅が延々と並んでいる。同じ欧州でもこうした建物は大陸とだいぶ様子が違う。
そうした中の一軒の玄関の上。あるプレートが掲げられているのを私は発見した。
今でも誰か住んでいるようで、柵越しにしか確認できないが、確かにChaplin の文字が!!!
私は2004年にスイスのヴェヴェイにあるチャップリンのお墓を訪ねているので、
これで生家とお墓の両方を訪れたことになった!!!!!はずであった…。

3.jpg
チャップリンのプレート

はずであった…。というのはどこか解せない部分があったのである。
ロンドンには有名人のゆかりの家にブルー・プラークという碑が掲げられているが、
私が今目にしているチャップリンの碑はそのブルー・プラークとは形状が違うのである。
その上、私は憤ってしまった。この碑、チャップリンの没年を間違えているではないか!!!!!
チャップリンは1977年に亡くなったのだが、この碑は1978年と刻している。
これほどの偉人の没年を間違えるとは、何たることなのだ!!!!!何かおかしい…。

4.jpg
間違ってるんですけど…

それでも、私はここでチャップリンは生まれたのだと自分を納得させ、
このお宅を背景に勝手に記念写真を撮り、無事帰国したのであるが、
どうも気になるので、帰国後チャップリンの自伝を読み返してみた。
すると、生まれたのは「ウォールワスのイースト・レーン」とある。
何?私が調べ上げた「ケニントン・レーン」ではなかったのか?
さらにネットで調べたところ、チャップリンのブルー・プラークはその「イースト・レーン」にあるようだ。

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ブルー・プラークの一例。
これは指揮者サー・トーマス・ビーチャムが住んでいた家に掲げられていたブルー・プラーク

ぎゃん!!!!!この事実に私は打ちのめされてしまった。
確かに私が見た碑も「Birthplace」とは刻まれてなく、「Lived Here」としかなっていない。
こんな具合で、本当のところはいまだによく判らないでいるのだが、
まあ、チャップリンが幼少時代ケニントンで過ごした事実は変わらない。
それにしても、あの没年を間違えている碑はまずいだろう。あれは…。
早いとこ、なおしてほしい。

6.jpg

さて、まだその時はチャップリンの生家を間違いなく訪れた気でいた私。次なる目的地へ向かう。
時間の限られている今回の取材(いつものことだが今回は特に)。
この日の午前中、いかに時間を有効に使うことができるかが重要であった。
私はエレファント&キャッスルという名の駅まで歩いてゆくと、
地下鉄Northern Lineに乗ってロンドンの街を北上。
またも、観光客があまり行きそうもないところへ向かったのである。

チャップリン自伝―若き日々 (新潮文庫)

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  • 作者: チャップリン
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コメント 8

クリス

ベーカー街221Bにも、ブルー・プラークじゃない碑がはめ込んでありますね。
Northern Lineを北上されたとのこと、私がロンドンにいた頃にテリトリーにしていたエリアです。
記事、楽しみにしてます★
by クリス (2009-01-12 20:41) 

りんこう

クリスさん。こんばんは!
ベーカー街221Bには行けませんでした。近くは通ったのですけれどね。
そこもブルー・プラークではないのですね…。
クリスさんはどのあたりに住んでいらっしゃったのでしょう?
次の記事はロンドン中心部からちょっと離れます。
by りんこう (2009-01-12 20:53) 

TaekoLovesParis

この時期、朝8時は英国では明るいんですね。パリは薄暗かったです。
(お天気が悪かったからかな?)
なるほど~朝早くからでも、街歩きで生家を訪ねることはできますね。
ブループラークのことは私は、ロンドン在の「いっぷく」さんの2007年7月の記事で知りました。たくさん写真がありました。
by TaekoLovesParis (2009-01-13 00:05) 

クリス

私は、ロンドンにいた2年の間に5回も住まいをかえました。1ヵ所以外はノーザンライン線でしたね。ロンドン郊外のバーネットだったこともあります。また、語学学校がハイゲートだったし、きっとりんこうさんが次に行かれた先は知っていますよ♪
by クリス (2009-01-13 22:09) 

りんこう

Taeko さん。こんばんは!
宿を出たのが午前8時で、その時はまだ暗かったですよ。
目的地に歩いて行くにつれ、明るくなってきました。
ブルー・プラークは見つけ次第写真に撮ることを決めていました。
でも、あんまり見つけられませんでしたけれど。

クリスさん。こんばんは!
語学学校がそこだったんですねぇ…。
なんだか私の取材先の地名のような気がします。
そのことはまた後日の記事で。
by りんこう (2009-01-13 22:38) 

いっぷく

もしかして行先はハイゲートにある墓地?かな・・・

チャップリンの生家は以前に読んだ本でロンドンでは当時貧しい人々が多く住んでいたLambeth地域ってまでは知ってましたが、番地までは不明でした。記憶ではチャップリンがさみしい思いをしていて通りを眺めたくだりがあった気がするので2階かな。East st、Walworthということでしょうか。
何カ所かこのあたりを引っ越ししているみたいです。


by いっぷく (2009-01-13 23:04) 

TaekoLovesParis

いっぷくさん登場で、りんこうさんのコメント欄が華やいでいますね。
by TaekoLovesParis (2009-01-14 23:50) 

りんこう

いっぷくさん。こんばんは!
情報ありがとうございます。
確かに、チャップリンの自伝でも往き来する馬車の姿を眺めていたと出てきます。
ハイゲートの墓地の件は、たぶんまた後日…。

Taeko さん。こんばんは!
ロンドンといえばいっぷくさんですからね。
うかうかてきとうなことは書けません。
by りんこう (2009-01-17 19:34) 

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