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2012ボストーク号で行くロシアの旅 ブログトップ
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中国出国 [2012ボストーク号で行くロシアの旅]

2012年7月16日(月) 現地時間 午前2時30分頃 ボストーク号の中

ここでのおはなし
ここ(矢印)でのおはなしです

午前2時30分。声がして目が覚めた。寝ぼけ眼でドアーのほうを見ると小太りの車掌が立っている。
何か言っているか例によってよくわからない。ただ、車両の隅にあるトイレのほうを指差している。
トイレに行かなくて大丈夫かどうか私に訊ねているのだと思われた。
これから中露の国境越えの間、トイレは使えないのだろう。
私は間抜けな声で「トワレット?」と車掌に訊き返していた。何故こんな語を発したのだろうか…。
しかし、車掌は分かってくれたようで頷いていた。
ロシア語でトイレはтуалет(トゥアリェート)。まあ、似たような音ではある。

起こされた
起こされた…

前日の車掌の言によると、午前3時に満州里で中国出国の審査があるというからまもなくである。
不安ではあるが、何も不備はないはずである。ちゃんとロシアのビザもある。堂々としていればよい。
午前3時17分。また車掌がやってきて、コンパートメントで待機するようにとの指示があった。
中露の出入国の審査はコンパートメント内で行われるのである。
2分後、午前3時19分。中露国境の中国側の駅、満州里駅に到着。もちろん外はまだ真っ暗だ。

風車
ぼんやり見えるのが風力発電の風車。満州里に着く前にこういう風車をたくさん見た

午前3時30分。「你好」と若い男と女の審査官がやってきてパスポートを回収していった。
私はコンパートメント内でじっとしている他なく、ただ満州里駅のホームを見つめている。
ホームのあかりを見ていると少しずつ動いているような錯覚があったが、もちろん列車は停車中。
おそらく走行中、ずっと車窓からの景色を見ていたから、まだ動いているように錯覚するのだろう。
この錯覚を面白がっていると、午前4時前、最前の男の審査官がまたコンパートメントに現れた。

今度は荷物検査である。男の審査官は英語で私にいくつか質問をしてきた。
どこから来てどこへ行くのか。コンピュータはないかどうか。本は何冊持ってきたか。などなど…。
ちなみに私が持ってきていた本は以下の通りである…。

・ガイドブック(北京編、シベリア鉄道編、ロシア編)
・ひとり歩きの会話集⑰ロシア語
・カラマーゾフの兄弟(光文社古典新訳文庫版)全5巻のうち1~3巻
・シベリア鉄道9400キロ(角川文庫)宮脇俊三さんの本である

これらの本を持ってきている旨、審査官に告げたが、審査官は何ひとつ表情を変えない。
荷物の中身も調べられるが、すべての荷物を開けられて調べられるようなことはない。
面白いことがあった。私は鼻炎なので点鼻薬が欠かせないのだが、この点鼻薬が調べられた。
点鼻薬のパッケージには「鼻づまり・鼻水に」とある。
審査官はこのパッケージを見て不思議そうに「ビーシュイ…」とつぶやいていたのである。
パッケージにある「鼻水」という漢字を見て「ビーシュイ」と言ったことは明らかだろう。
中国語で「鼻水(はなみず)」のことを「鼻水(ビーシュイ)」というのかどうかは知らないが…。
とにかく、私には何も不備は無いわけであって、審査官は静かに去っていった。

満州里駅①
満州里駅

午前4時30分頃になると、空はだいぶ明るくなってきた。車内にまだ動きは無い。
することが無く、本を読もうとするが、「カラマーゾフ」は重たいし、落ち着いて読める状態ではない。
「シベリア鉄道9400キロ」を少しづつ読んだ。これでロシアの鉄路に想いを馳せる…。
しばらく読んでは、外の景色を眺め、しばらく読んでは、外の景色を眺め…。やはり落ち着かない。
こんなことを繰り返していると午前6時を過ぎていた。新たにロシア人のおばさん2人が乗ってきた。

満州里駅②
満州里駅。右のほうでしゃがんでいる白い服の人が車掌さんです

満州里駅③
満州里駅

さらに30分が経過。結局パスポートが手元に戻ってきたのは、午前6時40分頃であった。
パスポートを見ると「満州里【出】」という中国出国のスタンプが無事に押されていた。
午前7時01分。ボストーク号はロシアに向け満州里駅を出発進行。
中国出国審査を終えたのも束の間。次はロシア側のザバイカリスク駅でロシア入国の審査となる。
午前7時25分。大きなゲートを通過した。ゲートの色は白、青、赤のロシアカラー。
ロシア領内に入ったということか。ザバイカリスク駅到着はもうすぐであろう…。

玉ねぎ屋根
玉ねぎ屋根の建物が見える。ロシアが近いことを感じさせる

ゲートを通過します
ゲートを通過します
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ロシア入国 [2012ボストーク号で行くロシアの旅]

2012年7月16日(月) 現地時間 午前9時27分 ザバイカリスク駅

ザバイカリスク駅
ザバイカリスク駅

午前9時27分、ボストーク号はザバイカリスク駅に停車したが、私の頭は少々混乱していた。
というのも、満州里からザバイカリスクに来ただけで時間が2時間進んでしまったらしいからだ。
しかも、この時間は日本の標準時より1時間早い。日本より西にいるはずなのに…。
これから先、モスクワまで5つの標準時を通過するはずで、時間の感覚がズタズタになりそうだ…。
この旅行記に関しては、基本的に現地時間で記述していくことにします。

午前9時30分、ロシアの入国審査。まだ若そうな女性の審査官がコンパートメントに現れた。
寝台に腰かけていた私だが、ビシッと制服に身を固めたこの審査官に立つように言われる。
まあ、当然だが審査官はにこりともせず、パスポートの顔写真と私の顔を執拗に見比べるのだった。
女の審査官は、そのままパスポートおよびロシア出入国カードを回収し去っていく。
一方、外からはポコポコとかわいらしい音が聞こえてきた。
車両に異常が無いかトンカチで叩いて調べている音だろう。この音はこれから何回も聞くことになる。

午前9時40分、男性の審査官が現れ、コンパートメントの外に出るように指示された。
今度はコンパートメント内の検査である。天井裏まではしごを使って調べる念の入れようである。
寝台のシートの隙間やらいろんなところをしつこく調べている。この作業が4分ほど続いた。
この作業が終わって、20分ほど待っているとロシア入国の印が押されたパスポートが戻ってきた。
また、出入国カードは「入国カード」の部分のみ切り取られ「出国カード」となって戻ってきた。
この出国カードは、ロシア出国まで大切に保管しておく必要がある。
さてさて、これで無事にロシアに入国だ!とホッとしていたら、また男性の審査官が現れた。
ここで今一度荷物検査があったのだった…。やはり入国審査はかなり厳重なものなのであった…。

午前10時30分ごろ、入国審査がすべて無事に終わり、男の車掌がコンパートメントにやってきた。
そして、私が持参してきていた時刻表の余白に「9:00 10:00」と書きこんだ。
これだけでは何のことだかよくわからないが、私はボストーク号の旅をある程度予習していたから、
この「9:00 10:00」がモスクワ時間を意味しているのだと理解することができた。
モスクワ時間で午前10時に発車するから、午前9時までに車両に戻るようにという意味であろう。
これから先、列車内や駅の時計はすべてモスクワ時間で統一されて掲示されることになる。
ザバイカリスク時間で言うと、午後4時に発車するから午後3時までに戻るようにということである。
つまり、列車が発車する時間まで約5時間半もあるのだが、この間に台車交換なる作業がある。
中国の線路の幅とロシアの線路の幅が違うので、こういう作業を行わなければならない。
この間、乗客はコンパートメント内に荷物を置き、自由にザバイカリスクの町を歩くことができるのだ。

とりあえず必要なものだけをカバンに入れ列車の外に出てみた。ロシアへの記念すべき第一歩。
おばさんの車掌が前方の歩道橋を指差し、あれを渡ると町へ出られると教えてくれた。
その通りに歩道橋を上がり、周りの景色を見回してみた。
列車が来たほうを振り返ってみると、遠くに中国の満州里の建物が見えるようだった。
しかし、印象的なのはどこまでも続く草原。これは中国やロシアというよりモンゴルのようである。

駅のホーム
ザバイカリスク駅のホーム。"Даурия(ダウリヤ)号?"というのが停車していた

たくさん写真を撮りたかったのだが、ロシアの駅で写真撮影をすることは注意が必要である。
鉄道は軍事的な側面もあるから、無闇に撮っていると取り調べを受けることもあるというのだ。
むかしに比べるとかなり緩くはなってきているようだけれど、細心の注意を払う必要はあるだろう。
そんなことが頭にあったので、駅周辺で思うような写真はなかなか撮ることができなかった…。
もっとも、これから先の取材中、写真撮影で注意を受けることは1度も無かったが。

カフェ
"КАФЕ"(カフェ)

歩道橋を降りると、壁に"КАФЕ 10m"と落書きのように書かれていた。
キリル文字の"Ф"がローマ字の"F"に相当するとわかれば、"КАФЕ"が「カフェ」であるとわかる。
確かに10メートルほど先のほうを見ると"КАФЕ"の看板を掲げたバラック小屋があった。
この建物でなんらかの食事をすることができるであろう。
さて、その食事の前にちょっと駅前通りをぶらぶらしてみました。何枚か写真をご覧ください…。

駅前通り①
駅前の通り。走っている車はほとんど日本車

駅前通り②
さらに進むとこういう風景…

駅のほうを振り返って
駅のほうを振り返って1枚。駅の向こうは草原が広がっている
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ザバイカリスクで [2012ボストーク号で行くロシアの旅]

2012年7月16日(月) 現地時間 午前11時04分 ザバイカリスク

ザバイカリスクで
ザバイカリスクで

駅前の通りをしばしぶらぶらした後、駅の歩道橋を渡ってすぐのところにある例のカフェへ。
入ると、ご飯に炒めた肉をかけたものを食しているおっさんと目があった。
私の勝手な想像だが、このおっさんはこのカフェのご主人であると思われた。
おっさんは自分が食べている皿を指差し何か言っている。「これを食べるか?」ということだろうか。
私はとにかく何か食べられれば良かったから、この問いかけに適当にうなずいてしまったのだった。
しかし、そのまま座して待機していると、まだ20代前半と思しき男性がメニューを持ってきた。
先のおっさんといい、この若い男性といい、顔立ちからしてモンゴル系の人のようである。
モンゴル人は日本人と顔立ちが似ているというけれど、親しみやすい顔立ちなのである。

持ってきてくれたメニューであるが、これはロシア語のみの記載なので解読できるわけがない。
仕方が無く、持ってきていたロシア語会話集の「ロシア料理」のページを開いてみる。
そこには代表的なロシア料理が写真入りで掲載されていた。
メニューを持ってきてくれた男性はその写真を指差して、料理できるものを示してくれた。
彼によると"борщ(ボルシチ)"は調理できるらしい。ロシアと言えば「ボルシチ」。これに決めた。
ただ、ボルシチは本来はウクライナの料理。こんな東のほうで食べるのはちょっと違うのだ…。
そんなことに気がつくのも後になってから。今はボルシチを注文するだけでいっぱいいっぱいだ…。
先のおっさんとのやりとりも反故となってしまったが、おっさんはどこかに行ってしまったようだ…。

ボルシチ
ボルシチ。52ルーブル(約130円)

ビールを頼むことにした。ロシア語でビールは"пиво(ピーヴァ)"という。こういうのはすぐ覚える…。
私は「ピーヴァ」と言って飲む仕草をした。するとレジ係の男にレジの前に来るように手招きされた。
レジの後方には、まるで縁日の射的の景品のようにして瓶ビールが並べられていた。
レジにいた男によると、この中から選べとのことであった。私は面喰ってしまった…。
射的の景品のようにして寂しく並べられた瓶ビール。冷えていないことは明らかだ…。またか…。
それでも、いちばん端にあったビール(500ml)を指差した。40ルーブルであった。
これとスライスされたパンが2切れ出てきて、締めて112ルーブル。
1ルーブルを2.5円の換算と考えると、300円もしない。まあ、安いです。味も悪くなかった。

飲み食いしたもの
飲み食いしたもの

全部食べ終えようとする頃、入店した時に目があったおっさんが現れた。
私を見て「あれっ?肉炒めご飯を食べなかったのか?」というようなジェスチャーである…。
私は苦笑いでなんとか「ニエット・スパシーバ(結構です)」と言うのが精一杯であった…。
おっさんも笑っていたのでわかってくれたようである…。

商店①
商店

さて、ここで問題となったのはお会計である。手元には羽田で両替した11210ルーブルがある。
ただ、細かい紙幣が少ないのである。1000ルーブルの紙幣ならたくさんあるのだが…。
私はできるなら1000ルーブルの紙幣で支払いをして少額紙幣に変えておきたかった。
モスクワに着くまで、そんなにお金を使うことも無いだろうが、少額紙幣が無いのは不安である。
そんなわけで、私は112ルーブルを支払う際に1000ルーブル札を出してみた…。
すると、レジ係の男性。受け取ろうとしない。やはり高額紙幣は受け取ってもらえないようであった。
不本意ながら、100ルーブル札2枚で支払いをした。これで細かい紙幣がいよいよ無くなった…。

商店②
"Рома"という商店。「ポーマ」ではなく「ローマ」と読む。キリル文字の"Р"はローマ字の"R"にあたる

カフェを出て、またザバイカリスクの駅前通りをうろちょろする。
両替商を2件ほど見た気がする。小さな町だけれど、国境の町だからやはり両替商はあった。
この両替商で少額紙幣に変えてもらおうかとも思ったが、言葉の不安がある…。
どうしたものかと相変わらずうろちょろする私は、"банкомат"という看板を掲げた銀行を見つけた。
"банкомат(バンカマート)"は"ATM"の意。ATMから少額紙幣を引き出せるかもしれない。
私はこのATMにクレジットカードを挿入し、操作を開始してみることにした…。
ATMはロシア語、中国語、英語の3ヶ国語に対応していたので、英語表示にして操作する。
500ルーブル(約1250円)だけを引き出してみたが、結果、500ルーブル札が1枚だけ出てきた…。
少額紙幣ということで、100ルーブル札が5枚出てくると踏んでいた私には残念な結果であった…。

商店③
別の商店。レジは白人の女性。中国人の団体が買い物をしていた…

まあ、500ルーブル札でもいいだろう。さらに買い物をしてルーブルを崩すことにした。
ザバイカリスク駅前には商店が何件かあったが、購入した商品は次の通り。

・トランプ(15ルーブル、日本円で40円弱)
・ビール500ml缶 2本(1本50ルーブル、日本円で約125円)

この買い物により、少額紙幣がうまい具合に財布の中に蓄えられた。これで安心であろう。
時計を見ると、ザバイカリスク時間で午後0時過ぎ。駅に戻るように言われていた時間の3時間前。
まだ、だいぶ早いけれど、もうすることもない…。私はザバイカリスクの駅舎に戻ることにした…。

トランプ
ザバイカリスクで買ったトランプ。ロシアのトランプは36枚で1組である
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