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ついにカエル捕獲! [2018パリの旅]

2018年5月6日(日) 午後0時01分 パリ サン=ミッシェル駅

メトロで移動
メトロに乗って移動…

クリニャンクールでカエルを見つけることが出来なかった私…。
メトロに乗ってカルチェラタンへと移動をした。
この辺りには名画座がいくつかあり、その内のひとつでこの旅3本目の映画を観るためである。
もう帰国の時まであまり時間はないけれど、カエルの捕獲についてはどうでもいいのか?
いや。どうでもよくない。映画を観る前にカエルを捕獲するつもりでいる。
実はこの界隈で蚤の市があるとの情報を事前に得ていたので、これをあてにしていたのである。

出店
カルチェラタン界隈。食べ物の出店が並ぶ

地下鉄駅構内から地上に出てくると、確かにいろいろ出店があった。
日曜日ということもあり、ちょっとしたお祭りのような雰囲気である。
これらは食べ物を売っている店が主で、パンやら菓子類やらチーズやらを売っていた。
それらの店を見ながら通りを歩いていると、次第に蚤の市の光景が見えてきた。
とてもいい感じである。私がイメージする蚤の市の光景そのままであった。

蚤の市①
次第に蚤の市の風景へ

よくガイドブックには「パリ三大蚤の市」みたいなことが載っていたりする。
「クリニャンクール」、「ヴァンヴ」、「モントルイユ」がその「パリ三大蚤の市」である。
しかし、パリにはこの3つしか蚤の市がない!ということではないのである。当たり前である。
「パリ三大蚤の市」以外にも、パリでは毎週どこかで蚤の市が開催されている。
今週はこのカルチェラタン界隈で開催されていたというわけだ。

こういう蚤の市について、"vide-greniers"という呼びかたをよくするらしい。
"vide"は「空の(からの)」という形容詞、"greniers"は「屋根裏部屋」という名詞である。
ということは、「屋根裏部屋を空にするべく不要なモノを売りますよ」というようなニュアンスか。
いいじゃないか。パリの屋根裏部屋で生息していたカエルがひょっこり現れそうな気配大である。
業者ではなく一般の人が店を出している感じもして(実際はわからないが)、なかなか興味深い。

蚤の市②
楽しすぎる!

私が目星をつけていた映画の上映時間まではまだ時間があったので、それまではカエル探しである。
出店の数も多く、ひとつひとつのお店を丹念に見ていったら、絶対おもしろいモノが見つかるだろう。
ここにいればいくらでも時間がつぶせそうであった。
そして、私はついにカエルと出会ったのである。

カエルがいる!
カエルがいる!(店主の方。画像NGでしたら削除します…)

そのカエルは、正直かわいいとは言えなかった。全身が不気味な青で、造形もきわめて稚拙である。
しかし、造形がいくら稚拙でも、カエルであることははっきりとわかる。
これはカエルという生物の偉大なところのひとつであると私は思う。
稚拙なカエルだが、いかんせんもう時間がない。私はこのカエルを捕獲することに決めた。

真ん中にいるのは
真ん中にいるのは…(店主の方。画像NGでしたら削除します…)

店主のおっさんにカエルに触ってもいいかどうか確認をし、全身を隈無くチェック。
特にキズもない。値段を訊けば15ユーロだという。2000円弱である。それは高いだろう。
まけてくれとお願いしたら12ユーロになった。1500円ちょっとか。まだ高い。
すると、店主の知り合いと思われるマダムが偶然通りかかった。
このカエルを目にし、「いいカエルだわ。12ユーロなら買いね」みたいなことを真顔で言っている。
え?と思いながら、買い物下手の私はそれ以上値段交渉をすることもなくカエル捕獲…。
こうして、パリの屋根裏部屋で眠っていたかもしれないカエルは、今、私の部屋にいるのである…。

パリで捕獲したカエル
パリで捕獲したカエル
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クリニャンクールの蚤の市 [2018パリの旅]

2018年5月6日(日) 午前8時43分 パリ シャトレ駅

メトロの入口
ホテルをチェックアウト。スーツケースをフロントに預け行動開始

日付が変わって、帰国の日となった。
帰国は行きと同様ソウル経由で、そのソウル行のKE902便が出るのが午後9時である。
というわけで、今日の日中はまだパリを楽しめるわけであるが、私にはやり残していたことがあった。
今回のパリ取材の目的4つをここで再掲すると…。

①美術館で名作を堪能する
②何か映画を観る
③墓参をする
④カエルを捕獲する

この内、「④カエルを捕獲する」については、まだ達成していないのであった…。
今日の日中はまるまるパリで滞在できるといえども、帰国便が出る時間は刻一刻と迫っている…。
そんなわけで、この目的を達成するべく私はクリニャンクールの蚤の市へ向かったのである。
はたして、クリニャンクールに手頃なカエルは生息しているであろうか?

クリニャンクールへ.
パリの北の端、クリニャンクールへ

クリニャンクールの蚤の市は過去何回か訪れたことがあった。
そのときは古い紙類や古写真を購入したのであるが、全体的に敷居が高いような印象を受けた。
「蚤の市」というより「高級アンティーク街」という感じが私にはしたのである。
クリニャンクールはとても広いらしいから、その内の高級エリアを訪れてしまったのであろうか?
とにかく、今回も懲りずにそのクリニャンクールに掘り出し物(カエル)を見つけるべくやって来た。

開いてない….①
開いてない…

しかし…。お店が開いていないのである…。
蚤の市で掘り出し物(カエル)を見つけるためには、朝早く行かねばならない。
そんな風に思い込んでいたから、シャッターが降りたお店を見て、まったく当てが外れた感じであった。
午前9時をとうに回っているが、店主たちはのんびりと開店準備を始めている。
時間をもてあまし、シャッター通りの中をうろうろと歩き回る私。
これはなんとなく違う気がする…。

開いてない…②
開いてない…

「蚤の市」はビニールシートを広げてガラクタを売っているようなイメージが私にはある。
だから、こうお店が並んでいるところというのは、私の中の「蚤の市」のイメージと違うのである。
昨日訪れたヴァンヴ蚤の市はクリニャンクールと比べると庶民的であるとよく言われるが…。
しかし、そのヴァンヴ蚤の市でカエルを捕獲できなかったのであるから…。

開きだした
開きだした

やがて開きだしたクリニャンクールのお店たち。
あるお店でガラスで出来たカエルの置物を見つけた。
店主に断って触らせてもらったが、値段を訊いたところ、ウン万円とのことだった…。
私は慌てて退散した。そのカエルはラリック(但しまだ新しめ)であった。
「よそではこんな安く買えないよ」とか言っていたが…。

Marche Dauphine
Marche Dauphine

結局、私はクリニャンクールでもカエルを捕獲することは出来なかった。
気がつけばもうお昼近くになっている。
何も買わないのは悔しいので、Marche Dauphineという区画でPathé Babyのフィルムを購入した。
これはパテ社が1920年代に開発した9.5mmフィルムである。5ユーロであった。
こんなモノを購入しても自宅で映写できたりするわけがないのだが…。
まあ、昨日パテ・ジェローム・セドゥ財団で映画を観たことだし、記念として。
そういえば、パテ・ジェローム・セドゥ財団2階の展示スペースにもPathé Babyが展示されていた。
そんなことはどうでもいい。私はパリでカエルを捕獲できるのであろうか…。

フィルム
クリニャンクールで買ったPathé Baby(パテベビー)のフィルム
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パリ3日目の夜 [2018パリの旅]

2018年5月5日(土) 午後6時17分 パリ ポンヌフ駅

ポンヌフ駅
ポンヌフ駅

イタリア広場から、いったんホテルに戻るべく、地下鉄4号線に乗ってポンヌフ駅へ向かった。
ポンヌフ駅に着くと、せっかくだからノートルダム寺院に行ってみようと思い、シテ島へ。
ノートルダム寺院の前は、さすがにパリの代表的観光地だけあって人がいっぱい。
寺院前の広場で"La Fête du Pain Paris"なるイベントが開催されていたからなおさらである。
寺院の中に入ることも考えたが、もの凄い行列であり、今回は諦めた。
アルコル橋を渡り、シテ島を後にし、パリ市庁舎の辺りから歩いてホテルに戻る。

ポンヌフから
ポンヌフからの眺め

ノートルダム寺院パン祭り
(左)ノートルダム大聖堂
(右)パン祭りの幟

ちょっとホテルで休憩した後、夕食を食べるため、また地下鉄4号線に乗ってオデオン駅で降りた。
サン=ジェルマン大通りに降り立った私は、4年前の記憶を頼りに、あるビストロを目指すことにした。
"Aux Charpentiers"というところである。
4年前。開店前の時間であったが、親切なスタッフのおかげで食事をすることが出来たところである。
"Aux Charpentiers"は、確かサン=ジェルマンの市場に面していたはずである。
しかし、どこを歩いても"Aux Charpentiers"というビストロは見つからなかった…。

映画館
4年前、確かこの映画館で「そして父になる」を観た

私は不思議な気分だった。
あの4年前はまぼろしだったのだろうか?
私はサン=ジェルマン市場の周囲を2周ほど歩いてしまった。
どう考えても、"Aux Charpentiers"があったところに、今は違うレストランが営業をしている。
そこで食事をしようかとも考えたが、店内はもの凄い人で、ひとりではなんとも入りづらい…。
私は頭の中が「?」でいっぱいになりながら、サン=ジェルマン市場を後にした。

2002年
2002年 Le Chansonnier

さて、どうしようか?
食事が出来るところならいっぱいあるけれど、どうもひとりで入るのが躊躇われるところばかり。
それは、ここがサン=ジェルマン地区であるからなのかもしれない。
スーパーで何か買って、部屋で食べることも考えたけれど、それでは昨日と一緒になってしまう。
昨日はオペラ大通り沿いのスーパー「モノプリ」で寿司を購入し、ホテルの部屋で食べたのだった。
それに、明日の夜には帰国の途に着かねばならない。
最後くらいはちゃんと食事をしたい気持ちがある。

2014年
2014年 Le Chansonnier

と、ここで思い出されたのが"Le Chansonnier"というビストロである。
2002年の3月。初めてのひとり旅でパリを訪れた際にこのビストロを訪ねたのだった。
多分、ガイドブックに載っていたのでそれで訪れたのだろう。
そのパリ初訪問の14年後。ここで再び食事をしたことは、このブログでも過去に記事にした。
その記事では1902年創業としているが、今、お店のサイトを確認したところ1918年創業であるらしい…。
ということは、今年で100周年。まあ、いずれにしても老舗である。

Le Chansonnier
2018年 Le Chansonnier

私はまたしても"Le Chansonnier"で食事をしようと思いたった。
過去2回食事をしたということで、安心感があるのである。
確かパリ東駅から歩いて行ったはずなので、急遽パリ東駅にメトロで移動。
パリ東駅に着いてみると、界隈はサン=ジェルマン地区に比べるとだいぶ閑散としている。
記憶を頼りに歩いて行くと、ありました"Le Chansonnier"。
混雑をしているということもなく、すんなりと入店できた。

食べたもの①
2018年 食べたもの①

食べたもの②
2018年 食べたもの②

店員のおっさんも愛想がよく、私はメニューを見て、適当な品をオーダー。
前菜とメインで27ユーロ。これと"Brouilly"なるワインが16ユーロで計43ユーロ(5600円くらいか)。
サン=ジェルマン地区から移動してきて、落ち着いて食事をすることが出来た。
さて、私は食べたものを写真に記録し、帰国後に4年前食べたものと比較してみた。
仰天してしまった。同じようなものを食していたのである。
注文することでいっぱいいっぱいで、いろいろ試してみたいという余裕がないからこうなる…。
さて、サン=ジェルマンで見つけることが出来なかった"Aux Charpentiers"であるが…。
これも帰国後に調べてみたところ、先年、惜しまれつつ閉店となったようである。

食べたもの①
2014年 食べたもの①

食べたもの②
2014年 食べたもの②
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パリで映画を観る(2本目) [2018パリの旅]

2018年5月5日(土) 午後3時32分 パリ パテ・ジェローム・セドゥ財団

トレードマーク
パテ社のトレードマーク「雄鶏」

パテ・ジェローム・セドゥ財団の地下階で映画の上映が始まるのが午後4時半から。
まだ1時間近く時間があるので、上階の展示室を見てみることにした。
そこは、パテ社の創生期から20世紀後半に至るまでのカメラや映写機がずらりと並ぶ空間であった。
公式ホームページによると、約150台が展示されているらしい。
展示室のみであれば3ユーロで入場できるが、ここは映画を観るついでに訪れる人がほとんどだろう。
映画1本鑑賞+展示室訪問だと料金は6.50ユーロとなる。

展示室①
展示室

とは言え、これだけ機材が並ぶ空間はなかなかである。
シネマテークの映画博物館でも、これだけカメラや映写機が並んでいる展示はなかったと思う。
このカメラは何を記録したのだろうか?この映写機は何を映し出したのだろうか?
各機材の製造年代から、いろいろな想像をかき立てられる。
展示室の一画には、1920年代?のパテ社の工場の様子を記録したフィルムが上映されている。
イスに腰掛け、このフィルムを観るなどして時間を潰した後、上映室のある地下階へ降りた。

展示室②
展示室

シネマトグラフ
シネマトグラフ(1896年頃)

Pathé WEBO
Pathé WEBO(左から1946年、1954年、1956年、1960年)

さて、これから私が観る映画はルイ・デリュック監督の"L'Inondation(洪水)"という作品である。
1923年の作品で当然サイレント映画。上映時間は1時間20分である。
語学がダメな私でもサイレントなら大丈夫であろうということで、またしてもサイレント映画である。

日露戦争
日露戦争の映画のポスター(1905年)

ルイ・デリュックという名であるが、映画チラシを収集している私には見覚えがあった。
昔のフランス映画のチラシに「ルイ・デリュック賞受賞!」とかあるのをよく目にしていたからである。
「ルイ・デリュック賞受賞!」と言われても、よくわからないが、多分すごいのである。
そして、その映画賞に名を残すルイ・デリュックという人も、おそらくすごい人なのである。
しかし、その人の作品を観たことがない。だから今回はよい機会なのである。

城の生活拡大
(左)「城の生活」の映画チラシ(1967年)
(右)チラシの拡大「ルイ・デリュック賞受賞作」とある

上映室の入りは4割程度だろうか。外国人は私くらいであると思われた。
上映前、アナウンスがあり、ピアニストが紹介された。
まだ若そうなピアニストは、客席を通り、スクリーン向かって左に設置されているピアノに腰掛けた。
パテ・ジェローム・セドゥ財団での上映の特徴は、このようにピアノ伴奏付きということなのである。
これで6.50ユーロだというのだから、ちょっと得した気分である。
さあ、上映開始である。

上映室
上映室

ひとりの貧しい身なりの女性が小さな村の駅に降り立ち、ある青年に恋をする。
しかし、青年には婚約者があって、三角関係に…。というようなおはなしだった。
貧しい女性の心理が洪水の映像が挿入されることによって象徴的に表現されていた。
私は鑑賞後、無性に感動してしまった。
ストーリーを把握できたこと、ピアノの伴奏付きで観られたことの喜びもある。
でも、作品自体のパワーがすごかったのだと思う。

地下階
地下階のロビー

上映後、フランス人の青年が受付の女性に対し、少し興奮気味に作品の感想を語っていた。
私もその気持ちはよくわかる。もう一度、どこかで鑑賞する機会はないだろうか?
と、記している今知ったことなのだが、この作品。
今年1月にアンスティチュ・フランセ東京で上映されていたらしい。やはりピアノ伴奏付きで…。
ただ漫然としていると、こういう素晴らしい作品を観る機会を逃してしまうのだなあ…。
この「洪水」はルイ・デリュックの遺作となった。
デリュックは悪天候の中、本作を撮影したことで肺炎となり、33歳の若さで亡くなったのだった。

買ったもの
最後に記念品としてトートバッグ(6ユーロ)とチャップリンの小さな伝記(7.50ユーロ)を購入
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