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パテ・ジェローム・セドゥ財団 [2018パリの旅]

2018年5月5日(土) 午後1時17分 パリ イタリア広場

イタリア広場
イタリア広場

メトロに乗ってPlace d'Italie駅(イタリア広場駅)までやって来た。
いつだったか、このイタリア広場近辺のホテルに泊まったことがある。
確か、バルセロナから夜行列車に乗ってパリに着いた後、この辺りに来たのだと思う。
そういうこともあって、地図も確認せずにわかった風に歩き出した私。
見事に迷ってしまったではないか…。

あらためて地図を確認してみると、イタリア広場からは放射線状に何本も道が延びている。
これでは迷ってしまうのも無理はなかった。
今一度目的地をしっかり確認して、しかるべき通りを歩き始めた。

さて、イタリア広場に来た目的というのは何か?
私は映画を見ようとしているのである。
昨日、シネマテークで「戦艦ポチョムキン」を鑑賞し、パリで「何か映画を観る」の目的は達成済み。
しかし、この近くには是非とも行ってみたい映画関連施設があったのである。

食べたところ
ここで食べました

その前に…。
おなかが空いてきたので、お昼をとることにした。
しかし、どこで食べることにしようか?
私はかなりの時間、通りを右往左往していた。いつもそんな感じである。
結局、"L'Entracte"というところに入ってハンバーガーを食べた。
オーダー時、肉の焼き加減を尋ねられた。
"cuisson(焼く)"と言う単語が聞き取れたので、状況から肉の焼き加減であるとわかったのである。
たまにはレアでオーダーしてみようか。
はて、「レア」はフランス語で何というのだっけ…?

食べたもの
食べたもの

私「セ、セ、セ…」
店員「saignant?」
私「ウィー、ウィー」
というなんとも情けないやりとりで何とかわかってもらえた…。
saignantは英語だと「ミディアム・レア」ということである。
ハンバーガー(フリット付き)とビール「1664」とで25.50ユーロである。
1664は爽やかな柑橘系の味がしてビックリしたが、何のことはない。レモンのスライスが入っていた。

焼き具合
saignantの焼き具合

食べました
完食

満腹になったところで私はこのカフェの隣の建物に向かった。
ここが今回の目的地「パテ・ジェローム・セドゥ財団」のビルである。
「パテ」というのはフランスの映画会社の名前である。
また、「ジェローム・セドゥ」というのはフランスのメディア王でパテ社を買収した人物の名である。
このジェローム・セドゥという人は今をときめく女優レア・セドゥの祖父にあたる。
建物のファサードはかなり立派であるが、これはかのロダンが若き日に手がけたものであるという。
中に入ると、雰囲気は一変する。そこはレンゾ・ピアノによるモダンな建築空間である。

ファサード一歩入るとこんな感じ
(左)パテ・ジェローム・セドゥ財団のファサード
(右)ファサードをくぐると、レンゾ・ピアノによる奇抜な建物が

この施設の地下で無声映画を中心にパテ社のフィルムが多数上映されている。
そのことを知った私は、適当な時間に上映される作品を渡航前にインターネットで予約していた。
その控えをプリントアウトした紙を受付で提示すると、親切に応対してくれた。
上映までまだ時間があるので、奥のカフェで休んでもいいし、上階の展示室も見られますよとのこと。
実は私。先ほどのハンバーガーを割と急いで食べた。上映時間に間に合わないと思ったのである。
だが、私の全くの勘違いであった…。なんと上映時間までまだ1時間以上も時間があったのだ…。
何でこんな勘違いをしてしまったのか。とにかく上階の展示室に行ってみることにした…。

地上階
地上階。奥の中庭がカフェになっている
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モンマルトル墓地 [2018パリの旅]

2018年5月5日(土) 午前11時50分 パリ モンマルトル墓地

モンマルトル墓地で
モンマルトル墓地で

モンマルトル墓地の入口付近には、大きな案内板が設置されている。
この歴史ある墓地に埋葬されている著名人の墓所を番号で示しているのである。
さらにその案内板の下部には、墓参者が携帯できる地図がぶら下がっている。
私はこれを手に取り、ジャンヌ・モローの墓所を確認してみた。
しかし、ジャンヌ・モローは昨年無くなったばかりであるからか、地図に墓所は反映されていなかった。
まあ、フランソワ・トリュフォー監督のお墓の近くにあるということだから、そちらへ歩いて行った。

案内板サッシャ・ギトリのお墓
(左)モンマルトル墓地の案内板
(右)劇作家・映画監督 サッシャ・ギトリ(1885~1957)のお墓

フランソワ・トリュフォーのお墓は墓地の21区と呼ばれる区画にある。
黒い墓石に名前と生没年のみが刻されたシンプルなお墓である。
通り沿いに面しているので、比較的見つけやすい。
つるつるとした墓石に墓地の木々が映し出されていた。
私はトリュフォー監督との挨拶もそこそこに、続いてジャンヌ・モローのお墓を探しはじめた。
近くにある墓石の墓碑をひとつひとつ見て回る私は、端から見たら実に怪しい人間である。

ベルリオーズのお墓トリュフォーのお墓
(左)作曲家 エクトル・ベルリオーズ(1803~1869)のお墓
(右)映画監督 フランソワ・トリュフォー(1932~1984)のお墓

その地味な作業の途中で、ジャック・リヴェット監督のお墓を発見した。
ジャック・リヴェットもトリュフォーと同様にヌーヴェル・ヴァーグを代表する映画監督である。
ジャック・リヴェットは2016年に亡くなっていた。
ということは、私が前回この墓地に来たときにはこのお墓は無かったはずである。
白い墓石にはジャック・リヴェットの氏名と生没年。その下部に、もう一人の名が刻されていた。
"Veronique Manniez"とあり、生年しか刻まれていなかった。
帰国後に調べたところ、この人はジャック・リヴェットの妻ということらしい。
1972年生まれのようだから、ずいぶんと年が離れている。

ジャック・リヴェットのお墓
映画監督 ジャック・リヴェット(1928~2016)のお墓

ジャンヌ・モローのお墓
女優 ジャンヌ・モロー(1928~2017)のお墓

さて、ジャンヌ・モローのお墓であるが、本当にトリュフォーのお墓の近くなのであった。
通りに面してトリュフォーのお墓があることは先にも記したが、その2列ほど後方にあったと思う。
深い意味は無いと思うけれど、まるでトリュフォーと背中合わせになっているような場所であった。
ジャンヌ・モローのお墓もシンプルで名前と生没年のみである。
晩年の作品はあまり観ていないけれど、「死刑台のエレベーター」とかもちろん「突然炎のごとく」…。
そういった作品は観ているから、墓前に立つと不思議な感じがする。
本当にこの人はいたのだなという気持ちと、本当に亡くなってしまったのだなという気持ちと。

位置関係
手前の黒い墓石がトリュフォーのお墓。
その後方、2基の白いお墓の間に見える墓石がジャンヌ・モローのお墓(白い矢印で示してあります)

私は、フランソワ・トリュフォー監督の映画「大人は判ってくれない」をまた想い出していた。
あの映画には、モンマルトル墓地の上に架かる陸橋で撮影されたシーンがある。
また、劇中でドワネル少年が観た映画はジャック・リヴェット監督の「パリはわれらのもの」であった。
ジャンヌ・モローも「大人は判ってくれない」にカメオ出演をしている。
ロケ地となった陸橋の下、その3人は今、こんなに近くで眠っている。

ガラス張りのお墓
ガラス張りのお墓

墓地の21区から29区へと移動すると、ガラス張りの変わったお墓がある。
ここに眠るのが、「夢見るシャンソン人形」で知られる歌手フランス・ギャルである。
フランス・ギャルが亡くなったのは今年の1月7日。
フランス・ギャルもモンマルトル墓地に埋葬されたと聞いていたので、ここも訪れておきたかった。
ガラス張りの特徴のあるお墓と聞いていたから、すぐに見つけることができた。
1992年に亡くなった夫ミシェル・ベルジェ、1997年に亡くなった娘ポーリーヌ。
氏名とサイン、生没年を記した金色のプレートが、3つ並んで置かれていたのだった。

フランス・ギャルのお墓①
歌手 フランス・ギャル(1947~2018)のお墓

フランス・ギャルのお墓②

これで今回会いたいと思っていた人たちには会うことが出来た。
ゆっくりと、もと来た方へ戻って行く。
こうしてみると、墓石の形状も実に様々で、墓石がその人の生前の職業を反映したものだったりする。
日本人のお墓もちらほらあった。墓石に家紋が掘られていたりするのである。
墓地を出て、時間があれば、丘の上の方に歩いて行きたかったけれど、今回のモンマルトルはここまで。
私は再びパリを南下。イタリア広場付近へ向かうことにしたのである。

モンマルトル
もっとモンマルトルを散策したかったが、イタリア広場へ…
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スタジオ・アルクール・パリ [2018パリの旅]

2018年5月5日(土) 午前11時42分 パリ テラス・オテル

アルクールの肖像写真機①
テラス・オテル内に入ったのは、この機械が目当て

4つ星ホテル「テラス・オテル」に宿泊するわけでもないのに入ったのは、肖像写真を撮るためである。
テラス・オテルのロビーには、証明写真を撮るようなマシンが設置されている。
私はこのマシンで肖像写真を撮影しようとしているのである。
なぜわざわざそんなことをするのか?
パスポートを紛失し、申請のために顔写真が必要になったのか?
そんな阿呆なことではない…。
それは、このマシンが「スタジオ・アルクール・パリ」が設置した肖像写真機だからである。

何だそれは?となるかもしれないが、アルクールはフランスの由緒ある超有名写真スタジオである。
名だたるセレブリティがアルクールで撮影をしている。
「アルクールで撮影しなければスターではない」とか言われるらしい。
そうか…。
じゃあ、やっぱり私も撮影しなければダメだな…。

しかし、本当にアルクールのスタジオで撮影するとなると何十万もするようである。
写真撮影代だけでもう1回か2回かパリに来られる料金である…。
それが今私の眼前にあるこのマシンで撮影すれば、わずか10ユーロでアルクールの写真が撮れてしまう。
言うなれば夢のマシンである。約1300円で写真たった1枚であるが、試してみたかった。
このマシンはパリ市内の何カ所かに設置されているようだが、テラス・オテルはその内のひとつだった。
そのことを頭の片隅に記憶していたので、私は宿泊もしないのにテラス・オテルに入ったわけである。

アルクールの肖像写真機②
アルクールの肖像写真機

だが、こういう写真撮影だとかは、なんだか女性がやりそうなアクティビティである。
いざマシンに入るとなると、少々躊躇しキョロキョロしてしまった。
大丈夫。誰も私のことを気にしている人などいない。
「アルクールで撮影しなければスターではない」のにこれはおかしい…。
ともかくマシンに入り、10ユーロの紙幣を挿入。
画面にフランス語でいろいろ指示が出てくるが、なんとなく推測がつくので問題は無かった。
そして強烈な光とともに撮影。まずい。まばたきをしてしまったのではないか?
ああ…。10ユーロが…。

直後、画面にこの写真でよろしいでしょうか?と画像が表示された。
幸いなことに目はぱっちりと開いていた。それどころか、なかなかいい感じである。
画面をタッチして了承すると、マシンの外の受取口にストッと白黒写真が1枚落ちてきた。
写真は、はがきをちょっと大きくしたくらいのサイズで、右下に「H」のロゴが入っている。
「Harcourt(アルクール)」の「H」である。これでいよいよ私もスターの仲間入りである。
アルクールの写真の特徴は照明器具を駆使して陰影を浮かび上がらせることであるという。
よくわからないが、なかなかよいモノクロームの肖像写真を手に入れることが出来た。

帰国後、白い写真立てを買ってきてこのポートレートを入れてみた。
今は意味も無く部屋の片隅に置いてある。
どんな写真なのか気になる方もいらっしゃるかもしれません…。
えっ?どうでもいいですか…。
そんなことおっしゃらずに、今回は特別にこのポートレートを皆様に公開することにします!

ポートレート
撮影したポートレート写真(カエルがじゃまとは言わせない)

さて…。
テラス・オテルを出て、モンマルトル墓地へ向かう。
モンマルトル墓地では、昨年から大女優ジャンヌ・モローが眠りについている。
是非ともジャンヌ・モローに会いに行きたいのだが、お墓の所在地はどのあたりであろうか?
渡航前にヒントは得ていた。
ジャンヌ・モローのお墓はフランソワ・トリュフォー監督のお墓の近くにあるらしいのだ。
トリュフォーのお墓なら、過去何度か墓参しているからなんとなくわかる。
この情報を頼りに、私はジャンヌ・モローのお墓を探すことにしたのだった。

モンマルトル墓地
モンマルトル墓地
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ヴァンヴ蚤の市 [2018パリの旅]

2018年5月5日(土) 午前8時47分 パリ ヴァンヴ蚤の市

メトロ
メトロで移動

パリ取材3日目である。
明日の夜に帰国の途に着かねばならない私にはやるべきことがある。
以前の記事で今回のパリ取材の目的というのをいくつか載せた。
以下の4つがそれである。
①美術館で名作を堪能する
②何か映画を観る
③墓参をする
④カエルを捕獲する

このうち、①と②はすでに達成している。
③も墓地に行くだけならば容易である(お目当ての人物のお墓にたどり着けるかは別)。
④の「カエルを捕獲する」というのが、この中では達成できるかどうか不透明なものであった。
まあ世界中、お土産屋さんに行けば、どういうわけか大抵カエルの置物は置いてある。
とは言っても、お土産屋さんに行ってカエルの置物が置いてある保証はない。
それに今回は、できるなら、お土産屋さんではなく、「蚤の市で捕獲する」ということにしたかった。
だから正確に言えば、④の目的は「蚤の市でカエルを捕獲する」ということなのである。

ヴァンヴ蚤の市①
ヴァンヴ蚤の市

今日は土曜日、蚤の市が開催されているはずである。私はまずパリ南部のヴァンヴへ向かった。
ヴァンヴ蚤の市は過去何度か訪れたことがあるが、何かを購入したということはない。
面白い雰囲気のところではあるけれども、ピンとくるような一品を見つけることができなかったのだ。
今回は対象をカエルに絞って歩き回るつもりで、足を踏み入れたが、さっそくカエルの置物があった。
「このコーナーは全品5ユーロ」みたいな札が出ていて、その中に10センチほどのカエルがいた。
しかし、この先まだいくつもお店は出ている。もっといいカエルがいるはずである。
私は心の中でこの5ユーロのカエルをキープし、先を歩きはじめた。

ヴァンヴ蚤の市②

すると、ある店でアール・ヌーヴォー期のものであると思われるレリーフが置いてあった。
2人の女性の頭部が刻されていて、髪の毛がアール・ヌーヴォー特有のうねうねとした曲線を描いている。
20センチほどのレリーフであったろうか、カエルでも何でもないが、これはいいものだと思われた。
値段くらい訊けばよかったのだが、あくまで私の目的はカエルであるから、これもスルーしたのである。

その後、私は蚤の市を端まで隈無く見たつもりだが、これは!というカエルはいなかったのである。
仕方がないので引き返したが、途中、最前気になったレリーフを再び見てみることにした。
しかし、どうも誰かが購入してしまったらしく、その時までにはレリーフは無くなっていた…。
残念…。初っ端で見かけた5ユーロのカエルを購入して、蚤の市を後にすることにするか…。
私は蚤の市のはじまり付近にあった「このコーナーは全品5ユーロ」という札の前に再び立った。
これが…。5ユーロのカエルも既に無くなっていたのである…。

ヴァンヴ蚤の市③
真ん中にとてもよさそうなカエルがいるが、これはいかんせん大きすぎた…

蚤の市に出ているモノはその場限りのモノ。一期一会の出会いなのである。
だから、気になったらその場で即購入してしまわないと。
わかっているつもりだったが、こういう結果に終わるとそのことをあらためて痛感させられる。
結局、今回のヴァンヴ蚤の市でも何も購入することは無かったのである…。
「④蚤の市でカエルを捕獲する」はこの後、帰国直前まで苦労することになる…。

クリシー広場
クリシー広場

ヴァンヴ蚤の市を後にし、私はパリ市内を一気に北上、モンマルトル界隈に行くことにした。
「③墓参をする」の目的を果たすためである。
モンマルトルで墓参をするということで、訪れるのはモンマルトル墓地。
私はモンマルトル墓地の上に架かる陸橋を歩いていた。
映画「大人は判ってくれない」でドワネル少年がタイプライターを重そうに抱えていたところだ…。
そんなことを思いながら歩いていると、私は墓地の入口と正反対のほうに歩いていたことに気がついた。
この陸橋の墓地の入口と正反対のところには、4つ星ホテル「テラス・オテル」がある。
あ。ここが「テラス・オテル」か…。私は宿泊するわけでもないのに何気ない顔して中に入ったのだった。

モンマルトル墓地の上に架かる陸橋
モンマルトル墓地の上に架かる陸橋
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